これまでの、そしてこれからの女の子の生き方を考える本 『Think PINK 女の子は本当にピンクが好きなのか』

アートの本


本日ご紹介する本は、堀越英美氏著『Think PINK 女の子は本当にピンクが好きなのか』(河出文庫/株式会社Pヴァイン、2016年)です。

子育てのある時期に、幼い女の子のありあまる「ピンク熱」に驚いたという親は多いのではないでしょうか。他でもない、私もその一人です(現在進行形です!)。4歳になったばかりの娘のお気に入りのものは、ピンクのものばかり。洋服も靴もピンクコーデは当たり前、お絵描きをすれば真っ先にピンクのペンを取りますし、絵の具で遊べば赤と白のチューブを取って「お母さん、ピンク色作って」と言う始末。もっと色々な色を使ってほしいのになぁという親のささやかな願いは、なかなか届きません。
同じように、お人形遊び、プリンセス、ペガサス、チュール付きスカートなどのガーリーなものが娘は大好きです。かく言う私は子どものころからピンクやガーリーなものにまるで興味を示さず、スカートさえ履くのを嫌がったほどですが、そんな親とは正反対な娘の好みに、夫と二人して、いったい誰の影響? と頭をひねる毎日です。休日もお気に入りの「ひらひら(チュール付き)」服しか着てくれない娘にとって、「ピンク」「ガーリー」は人生最初の自我の芽生えであり、その分、こだわりの強さたるや一筋縄では行かなさそうです。
この本の著者である堀越英美氏も、母親としてまさに同じような体験をしたそうです。脇目も振らず、ピンク街道をまっしぐらに進んでいく娘さんの姿を見て「いったいどういうわけなのか」という疑問を持ち、この謎を解き明かそうと思い立ったのがきっかけで、本書を執筆することにしたそうです。
堀越氏は、歴史学や色彩学、ジェンダー論やフェミニズム論、イメージ論などの幅広い知見をもとに、現代の日本、そして世界で「ピンク」という色がどのような社会的意味を与えられ、それがどのような経緯に基づいているのかを解き明かします。さらに、ピンクという色の意味合いがどのように子どもの世界との結びつき、時代に応じてどう変化を遂げてきたか、そして現代のピンク表象やそこから導かれる女性の社会的イメージが、現実の女性の生き方にいかに根深く影を落としているかを論じています。

現在でこそすっかり浸透している「ピンク=女の子の色」イメージですが、その歴史は意外と浅く、アメリカではこの構図が定着したのは第二次大戦後のことだったそうです。戦後のイメージを忘れさせる華やかな色、専業主婦を象徴する色として、ピンクは映画などの娯楽メディアを通じて世間にもてはやされました。「女性の色、家庭の色」となったピンクは次第に子どもの世界にも浸透し、少女たちが将来の良き妻、良き母になることへの期待を背負って、「女の子の色」となっていったのです。ただ、それより前の時代では、例えばフランス・ロココ時代の男性貴族たちがピンクの衣装で贅を競っていたり、さらにずっと昔の日本では、「ピンク=今様色」として平安貴族に愛されたりもしており(このあたりのエピソードがまた面白いです)、男性も含めた貴人たちから、永く愛されてきた色であることが分かります。
かたや戦後の日本では、アメリカ消費文化の影響を受けながらも、ピンクが女の子の色のイメージを獲得する時期は、より遅かったそうです。当初はポルノ産業のイメージが色濃く残っていたのが、次第にアニメやキャラクター産業のイメージ戦略が功を奏する形で、現在のようなピンク隆盛の流れが現れたとのこと。面白いのは、女の子の色というイメージが定着してからも、そのまなざしには温度差があったことでした。例えば80年代の聖子ちゃんブームに見る「かわいこぶりっこ」(=受け身の自己主張しない『愛される』女の子でいなさい、という圧力)の色としてのピンク、そして90年代の「ギャル」のような強烈な自己主張の発露としてのピンクと、時代ごとにそのイメージは微妙に変化していたのです。ピンクという色は、まさに女性たち、そして子どもたちのアイデンティティ、そしてそこに寄せられる他者(=男性社会)からのまなざしと複雑に絡み合いながら、社会で居場所を得ていくことになったのです。

ところで子育て中の皆さんは、大きなおもちゃ店に行ったときに、おもちゃ売り場が男児用と女児用に別れていることに疑問を持ったことはありませんか?
我が家の最寄りのおもちゃ屋(モールによく入っているチェーン店です)が、まさにこれです。男児用の売り場にはレゴなどのブロック系、戦隊ものや乗り物系・武器系のおもちゃ、女児用の売り場はお人形さんやおままごと系のおもちゃ、ぬいぐるみ、プリキュアやサンリオなどのキャラクターグッズ。そしてこの女児向けコーナーを染め上げている色が、まさにピンク(や、水色や藤色などのパステルカラー)なのです。私自身はブロック遊びなんかが好きだったので、そっちのコーナーも見てみたいと思うのですが、当の娘はまっすぐ女児向けコーナーに走っていってしまうので、いつも見れず仕舞いです。
日本ではもはや当たり前になってしまった感のあるこの男女別の売り場なのですが、なんと欧米ではこのようなジェンダー別の区分けを排そうというムーブメントがあるそうなのです。性別を入口におもちゃの選択肢を狭めることで、一人ひとりの個性に基づいた多様な好みやアイデンティティを否定し、社会から押し付けられたジェンダー観を再生産してしまうと考える親たちが増えてきているのだそう。
ただ、現に(うちの娘のように)各性別を対象としたおもちゃを好む子が多い中で、それの何が問題なの?という方もいるかもしれません。日本ではこのようなことに疑問を感じる親は、まだあまり多くないでしょう。しかし、著者の主張によれば、おもちゃはその中に深い社会的な文脈が込められている分、その質や選好は、子どもたちが成長した後の生き方にも影響を及ぼす可能性がある、というのです。
例えばお人形。ロングセラーであるリカちゃん人形、アメリカのバービーをはじめ、女の子の好むお人形シリーズには、手に取る子の想像をふくらませるような、様々な設定がつけられています。例えば職業の設定では、ほとんどの女の子ドールの場合、お店屋さんの店員さんや美容師さんや保育士さん、看護師さんなどが多いですよね。しかし、子どもたちの将来の夢ランキングにも登場するこれらの職種は、一見夢がありながら、現実の社会では離職率が高く、非正規職員で占められていることで知られます。かたや年収が高い、いわば社会的成功者の職業ーー例えば医者、政治家、大学教授、研究者、あるいは理系の科学者やエンジニアは、女の子ドールではほとんど(あるとすれば医者くらいでしょうか)登場しません。いわばおもちゃの世界が現実の社会構造を如実に映し出しているわけですが、言葉を換えれば現実の負の面を覆い隠して、社会が女の子に寄せる期待やイメージを悪意なく描いてしまっているのです。
些細なことかもしれませんが、おもちゃの世界には、このような「刷り込み」が無数に存在します。プリンセス・グッズに見られるような、常に美しくあれ、人に(=地位の高い男性に)選ばれるように自分を磨けというメッセージ。それを代弁している色が、他でもないピンクなのです。片や男の子たちにとっては、そのようなガーリーな世界は「軟弱」に映ります。ヒーローや戦隊モノに見られる、庇護する側になれ、自分の力で社会的成功を収めよというメッセージは、男子が主体性の確立するのを助ける一方、ガールズカルチャーを「女々しい」ものとして軽視することにもつながります。色で言えば赤や青などのはっきりした原色遣いが印象的ですよね。憧れという無垢な感情、そして色という直感的な要素を利用してジェンダー観を再生産してしまうおもちゃやアニメの世界が子どもたちにもたらす影響は、なかなかに根深いのです。

でも、そんな悲観的なことばかりも言っていられません。何より、それらが子どもたちの深い心の愛着に繋がるものである以上、気に入っているおもちゃを取り上げたり否定してしまうのは、かえって心身の成長に悪影響です。そこで本書では、このような状況のカウンターとして、子どもの世界の古いジェンダー観を超えていくようなおもちゃ業界の取り組みも紹介されています。
その一つが、STEM教育の視点を取り入れたおもちゃです。STEMとは、「Science, Technology, Engineer,
Mathematics」の略で、いわば理数系の科目や職業のことです(先ほど挙げた職業の例では、医者や研究者、理系の科学者やエンジニアがそれにあたります)。このSTEM分野に進む女性は、日本のみならずアメリカやヨーロッパでも少ないそうですが、中でも日本は先進国で最低レベルだそうです。この理数系における男女格差が生得的な向き不向きだけでは説明できず、「女性=理数系が苦手」というステレオタイプによるものであり、それが女性の賃金や社会的地位の低下に繋がっていることが、世界各国で問題視されるようになっています。本書で紹介されている、東京農工大学の実験結果は衝撃的です。女子高校生たちが「理数系は苦手、嫌い」という刷り込みの果てに、本当に理数系の科目を避けるようになってしまうことをはっきりとデータで明らかにしているのです。
アメリカのいくつかのベンチャーおもちゃ企業では、こうした女子の理数系忌避を克服し、様々な理論を楽しく体験することでSTEM分野を身近に感じてもらい(もちろん対象は女子だけでなく、男子も含んでいますが)、女性の社会的成功につながるようなおもちゃを開発しています。その例として紹介されているのが「ゴールディー・ブロックス」、そして「ルーミネイト」です。詳しくは調べていただければと思いますが、「ゴールディー・ブロックス」は、エンジニアになって自分でキットを組み立てる、そして「ルーミネイト」はドールハウスの組み立てにプログラミングや機械工学の要素を加えたおもちゃで、いずれも遊びながら自然にプログラムや工学に触れることができるのだそうです。
これらの新しいおもちゃでは、ピンクやパステル色を中心としたカラーリングを取り入れるなど、女子に「ウケる」要素を取り入れながら、新しい世界に目を見開かせる工夫がなされています。そこではピンクであること、ガーリーなデザインであることは、より新しくポジティブな意味を遊び手である子どもたちにもたらされるでしょう。今ある「女の子らしい」だけのピンクのイメージにとどまらない、このような先進的な取り組みが、日本でももっともっと進んでほしいなあと願わずにはいられません(まずはおもちゃ屋の、男女別のコーナー分けをなくしてもらうところから始めてほしいです)。

ピンクという色、そこに紐づいた様々なイデオロギーや価値観。それを通して、現代を生きる女性の、そして女の子たちの今とこれからについてとても深く考えさせられる本でした。幅の広い内容ですが、軽快な語り口のとても読みやすい文章です!女の子を育てている親御さんはもちろんのこと、かつて女の子だった全ての女性にお勧めしたいです。そして、女の子のみならず男の子のご両親にも!最終章には、男の子がガールズカルチャーとどう付き合うべきか、とてもポジティブな視座が提示されているからです。
これからを生きる女の子たちに希望を与え、その将来を明るくエンパワーメントしてくれる一冊でした。ぜひ手に取ってみてくださいね。

女の子は本当にピンクが好きなのか (河出文庫)

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