生をまっとうするとは、社会の「光と影」を見つめ続けた1人の青年の生きざま 山梨:中村キース・へリング美術館

アートな場所

こんにちは。本ブログでは全国各地の美術館をご紹介しています。
ところでアメリカ美術…これまであまり出てきていませんでしたよね。(理由は分かりませんが)
現代美術界においてその作品数を考えると不思議なような気もしますが、今回ご紹介する美術館はまさにアメリカ美術のド真ん中、アメリカを代表するポップ・アーティストです。では早速。

このブログで紹介する美術館

中村キース・へリング美術館

・開館:2007年
・美術館外観(以下画像は美術館HP、県・市観光協会HPより転載)


→長野県出身の建築家:北川原温氏の設計。他、代表作にビッグパレットふくしま、岐阜県立森林文化アカデミー、南アルプス国立公園指定50周年記念モニュメント、ミラノ国際博覧会 (2015年)日本館、ナカニシ新本社R&DセンターRD1など。

・場所
中村キース・ヘリング美術館 – Google マップ
→甲府駅から電車で40分、駅からの移動も含めると1時間くらいでしょうか。

キース・へリングとは

・ストリート・アート、またグラフィティ・アートの先駆者であり、1980年代のアメリカのアートシーンを牽引する代表的な美術家の一人。キース・へリングの取り上げる主題は「エイズ予防啓発」「LGBTの認知」「核放棄」「反アパルトヘイト」など社会的・政治的な問題をテーマとした作品が多い。チョーク・アウトライン形式(犯罪現場で被害者の位置を書き記しするための白い線)と呼ばれる方法で、シンプルで大胆な色使いの作風が特徴。一見、ポップで華やかさが目立つ作風だが、そこにはヘリング自身が同性愛者でありエイズ感染者として、現代社会に対する差別や暴力に警鐘を鳴らす想いが込められています。(This is media参照)

→そうだったんですね(マーカー部)。あんまりこれまで背景を辿ってこなかったもので…失礼ながら無知でした。軽やかな色使いでポップで楽しいアーティストだと勝手に思い込んでました(汗)

社会の「光と影」を源泉に、「生と死」に向き合える空間

・キース・へリングが活躍していた1980年代のアメリカ、日本の好景気とは裏腹に、インフレの激化と経済の混乱とともに治安が悪化し、まさに混沌とした社会で、反面、美術界ではアンディ・ウォーホールを筆頭にアメリカ現代美術が勢いを増していた時代でした。こうしたアメリカの矛盾した状況を背景にキース・ヘリングのアートや社会へのメッセージは生まれました。(美術館HPより)

美術館のテーマ、コンセプト

・2007年に八ヶ岳に設立した美術館であるため、大自然を融和し「混沌から希望へ」というテーマで活動をされているそうです。(→これを聞いて、まさにコロナ禍の現代において必要なテーマだと感じたマウスです)
へリング作品の奥に潜む「人間が秘める狂気」や「生と死」に向き合うことのできる空間で、あたかも「思考から離れて感性のみで生きる」という禅の思想をも包有するような空間コンセプトを持っているそうです。

主なコレクション

<キース・へリング>
    
※画像は美術メディア「This is media」より転載(https://media.thisisgallery.com/20209465

なお、美術館のHPにも動画が掲載されていましたのでご紹介しておきます。

→私も実際足を運んだことがありますが、やはり現地でのへリング作品の色彩美、形状美には圧倒されるものがありました。

(付録)中村和男さんとシミックグループ

・美術館の名称となっている「中村キース・へリング」のうち「中村」は美術館創設者で現館長、また、医薬品の開発支援を行う企業グループ「シミック」の会長兼CEOをされている中村和男さんからとられています。この方、甲府市出身で京都大学薬学部卒業、医薬品大手の第一三共株式会社に入社、そこで高脂血症、家族性高コレステロール血症治療薬を開発されています。その後、1985年にシミックという名前で独立しCRO(Contract Research Organization)という製薬会社の医薬品開発を請け負う画期的なビジネスを展開することになります。(なお、シミックという珍しい名前はCurrent Medical Information Centerの頭文字からとってこられています)

(付録)へリングが教えてくれたこと

そんな中村さん、薬学畑で薬の開発一筋だったわけです。そんな方がなぜアート、しかもアメリカの1人のポップアーティストに興味がわいたのか、気になりますよね。以下のインタビューにその答えが載っていましたので本ブログにも掲載しておきます。
・人はいつか死ぬ。だから、人生をまっとうする(SMBC日興証券インタビュー)
https://froggy.smbcnikko.co.jp/4816/

この中で特に私が印象的だった言葉を抜粋しておきます。
----------------
・私がヘリングを好きなのは地位とかそういうことじゃない。作品の裏にある彼の優しさ。アーティストとしての生きざまなんです。彼はゲイであり、子どものころから「自分は人と違う」という激しい葛藤を抱えていました。その悩みからアートの世界に入り、成功するけれど、AIDS(エイズ)に感染してしまう。ヘリングはもともと社会問題に関心が深く、チャリティーのための作品や、パブリックアートを多く手掛けていました。そして死期を悟ったとき、その傾向がますます強くなります。作品を使ってAIDS防止のメッセージを広げたり、基金を設立したり、次世代のためにできる限り力を尽くそうとする。ヘリングは残された時間をすべて、表現と社会貢献のために使いました。彼の生きざまから、私は「人間のすごさ」を知った。残念ながら、31歳で亡くなったヘリングに会うことはできなかったけれど、彼に共鳴し、自分の事業にその思想を反映しています。
~(中略)~
根底にあるのは、ヘリングから影響を受けた、「生と死」の考え方。私なりに言うと、「人は、いつかは死ぬ。だからこそ、一度しかない人生をまっとうしてもらいたい」という強烈な想いです。
薬は確かに、病気を治します。でも間違っちゃいけないのは、1つの病気を治療したからといって、永遠の命を得るわけではないということ。前職で新薬の開発をしていたとき、私も「これで大勢の患者を救える!」とか、かっこいいことを言っていました。でもよく考えたら、人間が人生をまっとうするために、薬ができることは限られています。お年寄りがどこか具合が悪いと言って、そのたびに多くの薬を飲ませるのが、いいことなのか。もしかしたら一緒に歌ったり、体を動かしたりするほうが、元気になるかもしれない。生命に対する価値観だって、人によって違います。寝たきりでもいいから長く生きたいとか、すっぱり果てたいとか、いろいろですよね。
~(中略)~
 「一度しかない人生を、年齢や性別、人種に関わらず、誰もがその人らしくまっとうしていくために、ヘルスケア分野に革新をもたらす」これが、シミックグループの創業時の決意であり、原理原則。迷ったときは、いつもここに立ち返るようにしています。(中村 和男)
-----------------

 

…いかがだったでしょうか。医薬品とアート、一見なんの関係もないように見える両分野ですが、こう見るとつながっているのですね。キース・へリング、作品の見た目はポップで軽やか、一見どこにでもいるような若者がつくったように見えるかもしれません。しかしその色合いの中に潜む、彼の社会に対する強烈な想いと、「よく生きる」とはどういうことなのか、31歳で亡くなった1人の偉大なアーティストからそんなことを学ばせてくれる中村キース・へリング美術館、ぜひ皆さんも足を運んでみて下さい。
※ありし日のキース・へリング(美術館HPより)

(マウス)

コメント