日本最初の公立近代美術館として誕生、日本の美術館がどうあるべきか、先導してきた歴史をたどる 神奈川県立近代美術館(葉山・鎌倉別館)

神奈川県

こんにちは、マウスです。神奈川県最後は神奈川県はもとより、日本を代表する美術館です。
「代表」と一言でいっても、色んな分野の代表があると思いますが、本館は開館の歴史が古く、日本で最初の公立美術館とする見解が多数です。

一応振り返ると、日本の「公立」の美術館で最も古いものは、1926年に開館した東京都美術館(当初の名称は「東京府美術館」)、1933年に開館した京都市美術館(当初の名称は「大礼記念京都美術館」)、それに以前ご紹介した天王寺にある1936年開館の大阪市立美術館になりますが、日本で最初の公立美術館である東京都美術館は「コレクションを収集・展示する美術館」というよりも「展示場」として出発しており、コレクション活動にも消極的で、学芸員にあたる専門職員もいなかったと言われています。1960年代になって新館建設構想と同時に学芸員を配置し、コレクションや美術関連文献の収集にも本腰を入れるようになりましたが、1995年に東京都現代美術館が木場公園に開館すると、コレクションや図書室はそちらに移管され、ふたたびギャラリーに特化した形に戻って現在に至っています。

一方、公立美術館としての一つの「型」を作った先駆的な美術館として評価されている神奈川県立近代美術館、当初は鎌倉・鶴岡八幡宮の境内(本当に境内です)にありました。東京国立近代美術館より一足早い1951年のオープンし「近代美術」の名を冠した公立美術館の第一号です。こちらも当初はコレクションがなく企画展開催だけのギャラリー的な施設だったものの、徐々に作品収集活動も充実させ、今では一万点をはるかに超えています。

そういえば、野見山暁治さんの回でもこのような戦前・戦後の日本をとりまく美術館の状況については触れました。まだお読みいただいていない方はぜひ一読してみて下さい。きっとこの神奈川県立近代美術館が果たした役割の大きさが解るのではないかと思います。(参照:100年を生きる画家、野見山暁治 人はどこまでいけるか ⑤完

すこし前段が長くなりましたが、そんな日本における美術館の歴史にも触れることができる神奈川県立近代美術館、早速ご紹介しましょう。

このブログで紹介する美術館

神奈川県立近代美術館(葉山・鎌倉別館)

・開館:1951年 ※現在の葉山館は2003年、鎌倉別館は1984年の開館です
・美術館外観(以下画像は美術館HP、県観光協会HPより転載)
<葉山館>

<鎌倉別館>

・場所
<葉山館>
神奈川県立近代美術館 葉山館 – Google マップ
<鎌倉別館>
神奈川県立近代美術館 鎌倉別館 – Google マップ

日本最初の公立近代美術館として誕生、日本の美術館がどうあるべきか、先導してきた歴史をたどる

・日本で最初の公立近代美術館として、1951年に開館して以来、つねに美術館はどうあるべきかを考えながら国内での先導的な役割を担って活動。

・時代と世界に向けて広い視野をもつこと
・変化する社会の要請を見極めること
・美術館が拠って立つ地域との結びつきを豊かにすること
・歴史の中に今日的な課題を見出すこと
・美術館の独自性と主体性を失わないこと

これらの事柄をいつも念頭において経験を積み、これからの活動を探っているそうです。

2016年度からは、葉山館、鎌倉別館と略称している二つの建物でそれぞれ一年に数回の展覧会を開催。展覧会とならんでさまざまな教育普及活動のプログラムを組み、美術館を多様なかたちで楽しめるよう心がけ、美術館が誰にでも親しめ、快適な場所であり続けられるように、そのうえ、何かが発見できるところであるような美術館の姿を目指しているそうです。

神奈川県立近代美術館の歴史と方針

神奈川県立近代美術館 歴史

・1951(昭和26)年11月17日に開館。開館の経緯は、1949年に県在住の美術家、学者、評論家たちが集い、第二次大戦後の混乱と再生の時代に、文化芸術の指針を示す活動の必要性を感じて美術館建設を目指し、神奈川県美術家懇談会を設立したことに端を発しています。1951年坂倉準三設計の建築で日本に初めてできた公立近代美術館の出発として、当時広く歓迎され期待されたそうです。

開館記念展は「セザンヌ、ルノワール展」、その後、外国作家展、数々のテーマ展、とりわけ高橋由一、萬鉄五郎、黒田清輝、佐伯祐三、松本竣介など、日本近代の重要な作家の展覧会を開いてきました。開館50年を経過した時点で、開催した展覧会は600回以上を数え、展覧会活動を主軸にしています。

1966年に、増加しつつあった所蔵作品を収める収蔵庫、新たな展示室などをもった新館が増築。その後も美術館は成長を続け、収蔵庫の拡充、常設展示のスペースの確保が必要となって、1984年7月に大高正人の設計で別館(鎌倉)が完成。

そして、美術館に対する社会的な要請、一層増大するコレクションの収納、大型化する展覧会への対処など、さまざまな必要に迫られて、1994年に県立近代美術館再編整備基本構想委員会が設置、新世紀に向けての新たな美術館体制が検討され、1997年に葉山町一色海岸への建設が決定、2003年3月に竣工し、葉山館が誕生しました。

鎌倉館は老朽化が顕著になり、国史跡に指定された鶴岡八幡宮境内では史跡にそぐうもの以外の現状変更が認められず、美術館として改修することは困難であることから、2015年度をもって美術館としての活動は終了、2016年3月31日に閉館。旧鎌倉館本館は同年11月に神奈川県指定重要文化財に指定され、12月に鶴岡八幡宮へ譲渡されます。

現在、神奈川県立近代美術館は、2016年度より葉山館と鎌倉別館の二館体制で活動を続けています。旧鎌倉館で親しまれてきた壁画や野外彫刻の多くは、2016年に葉山館に移設。鎌倉別館は2017年から約2年にわたり休館して改修を行い、2019年10月12日にリニューアルオープンしました。

神奈川県立近代美術館 方針

・ニューヨーク近代美術館などを範としながら、現在に至るまで以下の方針をもって活動を進めています。

①日本及び世界の近代・現代美術を紹介し、人間相互の理解を深めると同時に、世界美術のなかに日本の現代美術を位置づけること。
②日本及び世界の豊かな歴史的美術を現代の目で見つめなおし、その豊かさを現代人の心と生活の中に定着させること。

主なコレクション

・1951年の開館以来、所蔵作品はおよそ15,000件にのぼるそうです(2021年2月現在)。

洋画

・高橋由一をはじめ、萬鉄五郎、岸田劉生、古賀春江、松本竣介、麻生三郎など、幕末・明治から昭和にかけて日本の近代洋画を切り拓いた画家や、田淵安一、坂倉新平など活躍の場を世界に広げた画家の油彩画を中心に、アクリル絵具を用いた近年の平面作品や水彩・素描をあわせて約3,000点を所蔵。
<高橋由一>

<岸田劉生>

→麗子さん、また会いましたね。
<古賀春江>

日本画

・明治期に近代的な絵画として形成された日本画を主体に、古い曼荼羅や水墨画も若干含めて、おもに膠を媒材として紙や絹布を支持体とした絵画を収集。広義の日本画作品の所蔵点数は約350点。片岡球子、三上誠、中村正義、山口蓬春、荘司福ら、戦後の日本画で独自の表現を追求し、活躍した作家が中心です。
<鏑木清方>

<片岡球子>

<荘司福>

彫刻

・粘土で原型を作りブロンズに鋳造した作品や、木彫・石彫作品、多様な素材をもちいた現代の立体作品など約600点を所蔵。中原悌二郎、武石弘三郎ら明治以降の作家、戦後の堀内正和、柳原義達、若林奮、西雅秋、湯原和夫、保田春彦らの代表作のほか、ロダンやゴームリーなど外国作家の作品も含まれます。
<中原悌二郎>

<西雅秋>

<岡崎和郎>

版画

・谷中安規、藤牧義夫など1930年代の創作版画運動に関わった作家をはじめ、棟方志功、浜田知明、浜口陽三ら戦後作家、柄澤齊など活躍中の版画家の重要な作品を収蔵。外国版画では、ゴヤやクリンガーなどの西洋作家のほか、中国木版画を収集。シャガールやマティスなど画家や彫刻家による版画も加え、約5,800点を数えます。
<藤牧義夫>

<マティス,アンリ>

<一原有徳>

写真

・近年コレクションに含まれるようになった写真の分野では、現在のところ、所蔵点数は多くないそうです。しかし、本館で展覧会を開催した安齊重男や畠山直哉といった写真家の作品をはじめ、実験工房の作家たちや矢萩喜從郎の連作など、資料的にも価値のあるコレクションが形成されつつあるようです。
<畠山直哉>

<中川幸夫>

<若江漢字>

工芸

・北大路魯山人、浜田庄司、パブロ・ピカソの陶器、宗廣力三の着物と裂、柚木沙弥郎の染色作品、岩田藤七、岩田久利のガラス作品、日本画家の木下翔逅から寄贈されたコレクションなどを所蔵。
<岩田藤七>

<小川待子>

<北大路魯山人>

…いかがでしょう、洋画や日本画から写真や工芸までさすが幅広くコレクションされているようですね。
どうでもいい情報ですが、神奈川県の美術館紹介…サザンオールスターズを聴きながら執筆していました。あらためて良い県だなーと。またこのあたり三浦海岸をゆっくり巡ってみたいものです。

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