文化勲章受章の木彫作家、ノミの跡から辿る生命感と詩情にあふれた作品の数々 静岡:澤田政廣記念美術館

静岡県

こんにちは。今日ご紹介する美術館も1人の作家に焦点を当てた美術館です。しかも珍しく、木彫作家で文化勲章まで受賞した静岡県熱海市を代表する芸術家です。
(こんな方)

静岡県も早10館以上ご紹介してきましたが、東は熱海、西は浜松とあらためてその存在感の大きさを感じさせられます。そんな熱海市名誉市民でもある作家の作品を展示・収集する美術館、早速ご紹介しましょう。

このブログで紹介する美術館

澤田政廣記念美術館

・開館:1987年
・美術館外観(以下画像は美術館HP、市観光協会HPより転載)

・場所
澤田政廣記念美術館 – Google マップ

文化勲章受章の木彫作家、ノミの跡から辿る生命感と詩情にあふれた作品の数々

・熱海市名誉市民で文化勲章受章彫刻家である澤田政廣(さわだせいこう 1894~1988)の彫刻、絵画、コレクションなどを展示している美術館。館内では多くの彫刻作品が展示ケースに入れられることなく展示されており、代表的な木彫作品に見るノミの跡からは、作者の息づかいまでが伝わってくるよう配慮されています。

熱海の海辺に育った澤田政廣(本名、寅吉)は、19歳で彫刻家を志し、高村光雲(たかむらこううん)の高弟山本瑞雲(やまもとずいうん)に師事。93歳で没するまで、多くの木彫作品をはじめ、絵画、陶芸、版画、書など、さまざまな芸術領域にわたり意欲的に創作しました。

澤田政廣とは

・1894年(明治27年)に静岡県熱海町(現在の熱海市)に生まれる。本名は澤田寅吉であり、幼年期の実家は「亀屋」という屋号で廻船業、少年期の家業は製材業を営んでいた。1913年(大正2年)、旧制静岡県立韮山中学校(現在の静岡県立韮山高等学校)を中退後、澤田の遠縁であり高村光雲の高弟でもある山本瑞雲を頼って上京し内弟子となる。1918年(大正7年)東京美術学校彫刻科別科卒業。

1931年(昭和6年)帝展審査員。1941年(昭和16年)三木宗策と正統木彫会を結成。1947年(昭和22年)日展審査員、1950年(昭和25年)日展運営会参事、1958年(昭和33年)日展評議員、1962年(昭和37年)日本芸術院会員、日展理事、1965年(昭和40年)日展常務理事、日本彫塑会会長、1970年(昭和45年)同理事長、1971年(昭和46年)日展顧問、日本彫塑会名誉会長。

代表作は、『吉祥天』『大聖不動明王』など。仏像彫刻なども多く手掛けた。

澤田政廣 略年譜

・1894 年(明治 27 年) 0 歳、澤田小兵衛、とくの三男として熱海町に生まれる。本名は澤田寅吉。幼年期の実家は「亀屋」の屋号で廻船業、少年期の家業は製材業を営む。
・1913 年(大正 2 年) 19 歳、旧制韮山中学校(現在の韮山高校)を中退、木彫家高村光雲の高弟、
山本瑞雲に師事する。
・1921 年(大正 10 年) 27 歳、第 3 回帝展に「人魚」初入選。本名の寅吉で出品。
・1923 年(大正 12 年) 29 歳、矢の下とみと結婚、本郷区動坂に住む。関東大震災のため帝展は中止。
・1924 年(大正 13 年) 30 歳、第5回帝展で「銀河の夢」特選。東京美術学校彫刻科別科にて、朝倉文夫の指導を受ける。
・1927 年(昭和 2 年) 33 歳、第8回帝展で「白日夢」特選。このころ号を「寅」とする。以後 「七姫」 「白鳳」と 3 年連続して特選。
・1932 年(昭和 7 年) 38 歳、第13回帝展で「華炎」出品、政府買上となる。このころ号を「晴廣」とする。
・1935 年(昭和 10 年) 41 歳、太平洋美術学校の講師となる。
・1937 年(昭和 12 年) 43 歳、この年、世田谷区玉川田園調布に居をかまえる。
・1940 年(昭和 15 年) 46 歳、日本木彫会を脱退し、「正統木彫家協会」 を結成する。
・1946 年(昭和 21 年) 52 歳、第2回日展に「赤童子」を出品、政府買上となる。
・1952 年(昭和 27 年) 58 歳、第7回日展(1951 年)出品作「五木之精」にて、芸術選奨文部大臣賞を受ける。
・1953 年(昭和 28 年) 59 歳、第8回日展(1952 年)出品作「三華」にて、日本芸術院賞を受ける。
・1955 年(昭和 30 年) 61 歳、三嶋大社の「矢田部盛治像」を制作。
・1956 年(昭和 31 年) 62 歳、第12回日展に「黄泉のしこめ」を出品。この年から号を「政廣」とする。
・1961 年(昭和 36 年) 63 歳、熱海仏舎利塔日本山妙法寺の「釈迦牟尼世尊像」を制作。
・1962 年(昭和 37 年) 68 歳、日本芸術院会員となる。
・1963 年(昭和 38 年) 69 歳、平塚市に「海の讃歌」を制作。
・1964 年(昭和 39 年) 70 歳、霊友会弥勒山(東伊豆町大川)に「弥勒菩薩像」を制作。「名取栄一像」(元沼津市長)を制作。
・1967 年(昭和 42 年) 73 歳、「勝又春一像」(初代御殿場市長)を制作。
・1969 年(昭和 44 年) 75 歳、改組第1回日展に「人魚」を出品。高野山金剛峰寺金堂に「金剛王菩薩」を制作。
・1970 年(昭和 45 年) 76 歳、霊友会本尊「釈迦如来像」を制作。(高さ 7.58m)。第2回日展に「長嶋選手像」を出品
・1971 年(昭和 46 年) 77 歳、熱海親水公園の「釜鳴屋平七像」を制作。永平寺持仏、「普賢菩薩」、「文珠菩薩」を制作。第1回新日彫展「釈迦」を出品。
・1973 年(昭和 48 年) 79 歳、日本橋三越で「彫刻 60 年の歩み・澤田政廣展」を開催、文化功労者として顕彰さる。
・1974 年(昭和 49 年) 80 歳、熱海市名誉市民として顕彰される。
・1975 年(昭和 50 年) 81 歳、澤田家菩提寺、中野区宝仙寺の天井画「天人」と壁画を制作。
・1977 年(昭和 52 年) 83 歳、東本願寺難波別院に「蓮如上人像」を制作。
・1979 年(昭和 54 年) 85 歳、身延山久遠寺祖師堂に「日蓮上人像」を制作。文化勲章を受章する。
・1981 年(昭和 56 年) 87 歳、奈良の薬師寺西塔の尊像仏四体を制作。
・1981 年(昭和 56 年) 88 歳、東京都世田谷区名誉区民として顕彰される。
・1983 年(昭和 58 年) 89 歳、新潟県糸魚川市に「谷村美術館・澤田政廣作品展示館」開館。
・1987 年(昭和 62 年) 93 歳、「熱海市立澤田政廣記念館」開館。第19回改日展「大聖不動明王」を出品。
・1988 年(昭和 63 年) 93 歳、日本橋三越で「澤田政廣記念館開館記念・澤田政廣展」を開催。5月、急性肺炎にて死去。従三位に叙され、勲一等瑞宝章を追賜される。本葬儀を東京都中野区宝仙寺にて行う。熱海市葬を熱海市観光会館にて行う。
・2004 年(平成 16 年)、館名を「熱海市立澤田政廣記念美術館」に改称。

主な展示作品

澤田政廣 彫刻作品

 
     

→確かに作り手の息づかいが伝わってくるような荒々しい造形作品が多いですね。ふと海辺で育った影響(漂流した木片やその他風変りな造形物を幼少の時から目にしていた)もあるのではないかと感じたマウスです。ただし、もう少しホームページの画像は照明の当て方など工夫してほしいところですね。

澤田政廣 コレクション

・澤田政廣氏自身のコレクションも本美術館に寄贈されているようです。その中でもエジプト木棺上蓋が貴重なようで常設展示されています。面白いですね。

※末期王朝時代~プトレマイオス朝時代、木・漆喰、高さ186センチ、幅56センチ、奥行26センチ

(美術館解説)
・エジプト木棺上蓋は、1990年、古代オリエント博物館ほか全国4会場で開催された「エジプト-王朝文明のルーツを探る-」展、また2005年に京都文化博物館ほか全国4会場で開催された「古代エジプト文明3000年の世界」展にも出品され、いずれの展覧会でも、その大きさと資料的価値から高い評価を得ています。澤田政廣の数多いコレクションの中でも、白眉といえる、とっておきの逸品です。

いかがでしょうか。どことなく個性的な、一度見ると忘れられない彫り方をした作品群だと感じます。皆さんもぜひ熱海の方面に行かれた際は足を運んでみて下さい。

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