こんにちは。山形県、最後3館目です。(本ブログでは地方館を応援する意味でも東京や大阪でなくても1県複数美術館、博物館、資料館などをご紹介しています)
では早速。
このブログで紹介するアート施設
山形美術館
・開館:1964年 ※歴史ありますね!
・美術館外観(以下、画像は美術館HP及び県観光協会HPより転載)
・場所
山形美術館 – Google マップ
→駅チカ!ですね。しかもお堀の近くに建っています。こういうのを個人的にお堀系美術館と言います。(注:個人的用語です)
「公立」ではない、より一段と幅広い県民の美術館
・当時の山形新聞・山形放送社長:服部敬雄氏が中心となって財団法人が設立、1964年8月に開館。
山形における美術館建設は、終戦直後の山形県美術家協会発足以来の念願であり、用地や組織について検討を重ねた結果、民間主導で県と市が全面的に協力する財団法人による運営となったそうです。「公立美術館より一段と幅広い県民の美術館」という理念が今も続いています。
・1968年に別館を開設。その後1985年には開館20周年記念事業として新館もオープン。延べ床面積6,400平方メートル、8つの展示室(2,100平方メートル)を有する現在の姿となりました。
・日本および東洋美術、郷土関係美術に新たにフランス美術を加えた3つの柱を中心に調査・研究ならびに作品収集にあたり、収蔵品と常設展示の充実を図っているそう。山形県の美術文化振興と県民の生涯学習の一翼を担うべく開かれた美術館活動を実施。2014年には開館50周年を迎え、ますます役割が期待されています。
収蔵方針
①長谷川コレクション−江戸から明治にかけての日本美術
・与謝蕪村の「奥の細道図屏風」を含む美術品163点他、江戸時代の狩野派、文人画、円山四条派を系統的に展示。
②新海竹太郎・新海竹蔵の彫刻
・山形市出身で近代彫刻の先駆者の一人新海竹太郎(1868-1927)と、その甥の新海竹蔵(1897-1968)の作品を展示。
③吉野石膏コレクション-フランス近代絵画
・バルビゾン派、印象派、フォーヴィスム、キュビスム、抽象絵画、エコール・ド・パリ等国内有数の作品群を有する。
④服部コレクション-20世紀フランス絵画
・20世紀フランス絵画など、具象を中心とした戦後のパリ画壇を概観することができる。
→収集家との関係から県美術館としては珍しく、1964年という早い段階から国内有数のフランス絵画コレクションを有しています。以下は、山形美術館のHPに記載のあった画家の数々…地方の館でここまでのコレクションを持っているところあまり無いのでは。。
・ジャン=フランソワ・ミレー(1814-1875)
・カミーユ・ピサロ(1830-1903)
・エドゥワール・マネ(1832-1883)
・エドガー・ドガ(1834-1917)
・アルフレッド・シスレー(1839-1899)
・ポール・セザンヌ(1839-1906)
・クロード・モネ(1840-1926)
・ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
・アンリ・マティス(1869-1954)
・モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)
・ピカソ、ジョルジュ・ブラック(1882-1963)
・ヴァシリー・カンディンスキー(1866-1944)
・ジョルジュ・ルオー(1871~1958)
・パブロ・ピカソ(1881-1973)
・マルク・シャガール(1887-1985)
・モーリス・ブリアンション(1899-1979)
・ポール・アイズピリ(1919-2016)
・ベルナール・ビュッフェ(1928-1999)
・ジャン・ピエール・カシニュール(1935-)
・アントニー・クラーベ(1913-2005) など錚々たる面々です。
主なコレクション
→若干画像欲張りすぎた感…でもHPに載ってる分ですし、コロナ禍で足を運べる機会も減っていますので、著作パトロールの方も許してくれるでしょう。(希望的観測)
(付録)吉野石膏株式会社
・地方の県美術館としては異例の数のフランス絵画を収蔵する山形美術館-これはその多くを吉野石膏株式会社が寄託したものです。吉野石膏とは何者…と思った方のために少しご紹介しておきます。
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〇会社概要
吉野石膏株式会社(Yoshino Gypsum Co.,Ltd.)
〇設立
昭和12年3月2日(創業 明治34年)
〇本社
〒100-0005
東京都千代田区丸の内3-3-1(新東京ビル)
〇主な事業内容
せっこう(石膏)を原料とする建築材料の製造・販売など
タイガーボード(せっこうボード)
YNプラスター(せっこうプラスター)
タイガーパテ(ドライウォール工法用パテ類)
SLプラスター(セルフレベリング床流し材)
GLボンド(せっこうボードによる直張工法用接着材)
焼石膏他
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→東京本社の会社が何故に山形に⁈…と調べると、創業の地が山形だったようですね。山形県の吉野鉱山における石膏原石の採掘に始まったようで、吉野石膏という社名は、この発祥の地名を冠したものだそう。
・吉野石膏株式会社沿革 https://yoshino-gypsum.com/cprt/history
→なんと「タイガーボード」と呼ばれる石膏の壁・天井の不燃建材は我が国初の石膏ボードで、今日、木造住宅を省令準耐火構造にできる材料として重宝されています。(吉野石膏の市場シェアは80%を誇るそうです。)住宅用が75%、ビル用が20%、工業用が5%となっており、年間使用量は国民1人あたり3m²を上回るとの事。
・吉野石膏株式会社企業概要 https://yoshino-gypsum.com/cprt
・ついでに社長さんのあいさつも https://yoshino-gypsum.com/cprt/greeting
(付録)公益財団法人 吉野石膏美術振興財団
(参考)
・https://www.yg-artfoundation.or.jp/foundation.html
(設立趣旨抜粋)
・当財団の設立代表者である須藤永一郎は、吉野石膏株式会社の取締役社長として、長年に亘り、「石膏」にかかわる事業を通じ、“安全で快適な住空間を創る”という課題に取り組んできました。真に豊かな社会とは、「物質的な豊かさ」と「精神的な豊かさ」との融合・調和により構築されるとの考えに基づき、いささかなりとも社会に貢献したいとの願いがありました。
なんとなく、こういう創業の地を大切にする企業、スポンサーの存在って地方にとっては大きく、未来におけるそのエリアやそこで育つ人たちの活力向上につながっていくような気がしました。今日もなるほどーと勉強になりました。
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