こんにちは。今日ご紹介する美術館、新宿は初台にある美術館ですね。
私も学生の頃、現代美術の展示を観にこの美術館へ何度か通った記憶があります。当日から先鋭的ななかなか良い企画展を開催されていました。
ただ、この初台、何とも分かりづらい位置にあるなと当時から思っていて、学生でお金も乏しく新宿から歩くと途中道に迷ってなかなかたどり着かないという…そんな思い出も併せてよみがえってきました(笑)…最初から京王線に乗っておけばいいのですが…なんか勿体なくて。
そんな初台にある東京オペラシティ、東京&オペラ&シティ…地方から上京したての人(私)はその名前を聞くだけでワクワクしそうですね、それでは早速みていきましょう。
このブログで紹介する美術館
東京オペラシティ アートギャラリー
・開館:1999年
・美術館外観(以下画像は美術館HP、都、観光協会HPより転載)
・場所 東京オペラシティ アートギャラリー – Google マップ
現代美術コレクションと国内若手作家の紹介展示に定評
・多様な表現活動を紹介する企画展を年4回程度開催。東京オペラシティの地権者である寺田小太郎氏(1927-2018)寄贈による寺田コレクションには、日本を代表する抽象画家、難波田龍起・史男父子※の作品をはじめとする戦後の美術作品が収蔵。さらに、故:難波田龍起氏の遺志を受け継ぎ、国内の若手作家の紹介を行うシリーズとして「project N」を企画展と同時に開催。財団内の選考委員会で選ばれた若手作家の作品は4階のコリドールで展示されます。
※難波田龍起とは…明治38(1905)年、北海道旭川市生まれの洋画家。太平洋画会研究所に学ぶ。昭和4(1929)年、国画会展に初入選。NOVA美術協会などを経て、昭和12(1937)年、長谷川三郎らの自由美術協会の結成に参加。昭和34(1957)年退会し、アートクラブに移る。昭和36(1959)年、北海道出身の抽象画家と北象会を結成。高村光太郎ら詩人との交流が深かった。線画による律動感あふれる作品が多く、代表作に「父の像」「昇天する詩魂」、著書に「難波田龍起詩集」「古代から現代へ」「抽象」など多数。
難波田史男とは…昭和16(1941)年、東京都世田谷区生まれの抽象画家。難波田龍起の二男として生まれる。1957年早稲田大学高等学院に入学。1960年文化学院美術科に入学、1962年文化学院を退学。その後、1965年早稲田大学第一文学部(美術専攻)入学。教授の青柳正広や大沢武雄に師事し、1970年早稲田大学を卒業。文化学院退学後、本格的に画家としての活動を開始。1963年「土竜の道」、「終着駅は宇宙ステーション」(絵画)ほか、多数のペンによる素描・色彩画を制作。1966年に始まった大学紛争に衝撃を受ける。1970年以降、美術活動の傍ら、旅行及び放浪することが多くなる。1974年九州旅行の帰り道、瀬戸内海にてフェリーより転落溺死、享年32歳。
東京オペラシティ アートギャラリーのコンセプト
・また、東京オペラシティアートギャラリーのHPには美術館の使命として以下のようなコメントが載せられています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・21世紀の幕が開けた現在、私たちの知性と感性が人々の確かな拠り所として大きく浮かび上がってきています。日常の生活の中に人間本来の輝きをもたらすべく、新鮮な発想とユニークな視点を提示する美術の表現活動は、高度経済成長の代償として失われつつある個々の生への活力を蘇らせるとともに、大きな転換が求められている未来への示唆と希望を私たちに与えるものです。こうした視点に立ち、東京オペラシティアートギャラリーでは、美術という表現を通してエネルギーあふれる活動を行う国内外のアーティストたちの作品を、絵画、彫刻、写真、映像、デザイン、ファッション、建築など多岐にわたるテーマの企画展を通してご紹介しています。
美術作品のほとんどは、それらが実際に見られるにあたって、空間との関わり方が非常に重要なものとなっています。したがって当館の4つの展示室、ギャラリー1、2、3、4は展示室のサイズや天井の高さを始め、自然光の採光方法や人工照明の配置、展示室内部の仕上げ等が、様々な美術作品を適確に展示するための「ホワイトキューブ」という考え方に基づき設計されています。
寺田コレクション
・東京オペラシティ共同事業者でもある寺田小太郎氏(1927-2018)が東京オペラシティの文化事業に賛同し協力するために収集を開始、その篤志によってアートギャラリーが収蔵するに至ったもの。戦後の国内作家を中心に約4,000点におよぶコレクションで、油彩、水彩、版画、素描、立体など多岐にわたり、多様な展開をたどった戦後の美術の「現在」の姿が、一つの視点を通して俯瞰的に見渡せるものとなっています。
寺田コレクションには日本を代表する抽象画家・難波田龍起(1905-97)の油彩、水彩、版画など約350点以上が含まれており、コレクション全体の軸となっています。また、その次男・難波田史男(1941-74)の作品も280点以上が収められており、難波田龍起と史男父子の作品を集めたコレクションとしては、最大級のものです。
そのほか寺田コレクションには、相笠昌義、赤塚祐二、麻田浩、荒木高子、有元利夫、磯見輝夫、内田あぐり、大竹伸朗、大野俊明、小川待子、奥山民枝、郭仁植、加納光於、鴨居玲、川口起美雄、桑山忠明、白髪一雄、鈴木治、鄭相和、崔恩景、堂本尚郎、堂本右美、奈良美智、西田俊英、西野陽一、野田裕示、野又穫、箱崎睦昌、長谷川潔、二川幸夫、舟越桂、舟越保武、保田井智之、松谷武判、村井正誠、村上友晴、山田正亮、山本明比古、吉澤美香、李禹煥などを含む、多彩な顔ぶれの作家達が含まれています。
project Nについて
・コレクションの中心作家である難波田龍起(1905〜97)の遺志を受け継ぎ、若手作家の育成・支援を目的として、4階コリドールで開催している展覧会シリーズ。
加えて、より広い視野のもとで「現在の多様な美術表現」を紹介するため、企画展と常設展だけでは捉えきれない、まさに「進行中」のこれからの美術を紹介してゆくことを目的としているそうです。そのため、”進行中”という意味合いをもつ”project”に、難波田龍起氏のイニシャル”N”を合わせ、このシリーズの名称とされています。
1999年の第一回「南川史門(みなみかわ しもん)展」からはじまり、もうすぐ100回(人)を迎えようとしています。以下のURLから一覧を見ることができますので気になる若手作家がいないかチェックしてみて下さい。
〇project N開催作家:https://www.operacity.jp/ag/exh/past_exhibitions/?type=3
…いかがでしょう。余談ですが、本美術館も入居する東京オペラシティ、新国立劇場および、民間の超高層ビル「東京オペラシティビル」(東京オペラシティタワー)で構成されます。当地にはもともと、電電公社(現・NTT)時代の淀橋電話局、京王帝都バス新宿営業所、小田急百貨店配送センター、東京工業試験所(新国立劇場部分)などが存在していたそうです。もうオペラシティができて30年以上経ちますが、今でもビルの中には当時からゆかりの深かったNTT系のNTT都市開発、NTTアドバンステクノロジ、京王電鉄などの企業群が入居しているそうで、この複合施設(テナント)の居心地の良さを示している証左ではないかとマウス個人的には勝手に思っています。
なお、当地は美術館だけでなくメインのコンサートホールが有名ですね。正式名称は「東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル」で、1992年の東京オペラシティビル準備段階から芸術顧問であった作曲家の武満徹の名前を冠しているそうです。今でも東京フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団が同ホールにて定期的にコンサートを開催していることで有名ですね。
皆さんも是非、この文化の香り高い東京オペラシティに足を運んでみて下さい。(その際は京王線に乗ることをおすすめします笑)
(マウス)
コメント