嵐の日の冒険 『かぜのひ』

絵本

少し投稿が空いてしまい、マウス氏に任せきりになってしまいました…。反省反省。
本、演劇作品、映画…。ご紹介したいものは山ほどありますが、このブログの本分に戻って、最近親子で大のお気に入りとなっている絵本を紹介したいと思います。

本日の絵本は、『かぜのひ』(サム・アッシャー作・絵、吉上恭太訳、徳間書店、2018年)です。

子どもたちにとって、風って不思議な存在ですよね。常に違う表情をしていて、肌に心地よくて、でも時に寒かったり、怖かったり。天気や季節の記憶とも密に結びついています。人生の印象深い場面でどんな風が吹いていたかを憶えている、という人もいらっしゃるのではないでしょうか。とりわけ強い風は、時に周囲の光景を一変させてしまうほどのエネルギーに満ちており、自然の力の強大さを私たちに思い知らせます。台風が来る直前、吹き荒れる強風の中に身を預けるときの不思議と昂揚した気分。子どもの頃は私も、この風はきっと天の龍が吹かせているのだな、と信じて止みませんでした。この絵本は、そんな風と一体となって遊びたいという、子どもの願いを叶えてくれる本です。

小さな男の子の「ぼく」は、窓の外で強い風が吹き荒れているのを見て、おじいちゃんに外に遊びに行きたいとねだります。彼の言葉を聞いたおじいちゃんが探し出してきたのは、カラフルな凧でした…。
二人が家の中で凧を探す描写と、「そとは かぜが … ふいている」という強風を表す場面が、何度も繰り返されます。家の外の道路には、風が運んできた落ち葉が吹き溜まり、そして再び吹き飛ばされていきます。風を直接描くのではなく、それが吹き飛ばしてきたものを描くことで、ページいっぱいにごうごうと吹き荒れる風のエネルギーを感じることができます。紅葉した落ち葉の色彩の美しさも、さらに魅力を添えています。
二人はいよいよ、凧を持って公園に出発。風に乗って高く高く揚がった凧に引っぱられて、ついに二人もふわりと空に浮き上がってしまいます…。
見開きページいっぱいに描かれた、数え切れないほどの凧がひしめきあい、空中で乱舞する光景は、この絵本のハイライトのひとつと言ってもいいほどとても素敵です。(私の故郷の街でも、凧揚げの大きなお祭りがあったので、その光景を懐かしく思い出しました。)
巨大な龍の凧の背に乗って、空中で懸命に糸を操る二人の、スリリングで楽しそうなこと!全身に風を受けて、そのエネルギーを目一杯楽しむ二人の様子が、カラフルかつダイナミックな絵であらわされています。
強い風は時に、安定した秩序をひっくり返し、別の世界への回路を拓いてしまうような、不思議な力を持っているようです。メリー・ポピンズがバンクス家の子どもたちの元にやってきた日、そして帰っていく日も風の強い日でしたし、「オズの魔法使い」でドロシーがカンザスからオズの国に飛ばされてしまったのも、竜巻が原因でした。「ぼく」とおじいちゃんの二人の味わった、つかの間の空の冒険は、この二人に、そして読み手の子どもたちの心にも、強烈な印象を残すことでしょう。
最後の場面は、空から降り立った二人が、家の中でゆっくりくつろぐ場面。窓の外は真っ暗で、もはや嵐と化しています。お家という安全な場所に戻って、大切な人と冒険を振り返るというラストも、安心感と温かな読後感を与えてくれます。
「いっしょに ぼうけんするのは、たのしいもんだな」「うん」という、ラストの二人の会話もいいですね。何より、おじいちゃんと一緒に冒険するというシチュエーションが素敵です。アクティブで子どもと一緒に童心に帰れるような、こんなおじいちゃんがいたらいいなぁ。

現実には、風の日に外で遊ばせるとすぐ風邪を引いてしまったりして(うちの子はすごくその傾向にあります)、子どもを日常的に強い風と関わらせるのには限界があったりもしますが、だからこそ今回のような絵本を通じて、思い切り自然と四つに組んで遊ぶことの爽快感を擬似的に味わってみるのはいいと思います。自然やその変化に対する感受性って、人間の一番大事な部分の一つを占めているのではないかと私は感じるのです。
同じ著者のサム・アッシャーさんが作られた絵本で「あめのひ」(作・絵:サム・アッシャー 、訳:吉上 恭太 、徳間書店、2017年)という兄弟シリーズもあります。こちらも、雨が降り続くとある一日の幻想的で遊び心に満ちた時間を描き出している、とても魅力的な作品です。ぜひ、どちらもお手に取ってみてくださいね。

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